万延元年遣米使節年表 主なる史実

(万延元年遣米使節史料集成第七巻より)

※日付は現地に於ける洋暦と邦暦です。また、すべて画像はクリックすると拡大します。

洋暦邦暦
1858.7.29安政5年6月19日日米修好通商条約 米国海軍所属「ポーハタン号」上にて米国全権総領事タウンゼント・ハリスと日本全権下田奉行井上清直、目付岩瀬忠震により調印
1859.10.8安政6年9月13日幕府は外国奉行、神奈川奉行兼帯新見正興を正使、外国奉行、神奈川奉行、 箱館奉行兼帯村垣範正を副使、目付小栗忠順を立合として日米修好通商 条約批准書交換の為米国差遣を命ず
使節任命が書かれている村垣家家譜(村垣家所蔵)
使節任命が書かれている村垣家家譜(村垣家所蔵)
使節任命が書かれている村垣家家譜(村垣家所蔵)
使節任命が書かれている村垣家家譜(村垣家所蔵)
洋暦邦暦
1859.12.17安政6年11月24日幕府は軍艦奉行並(後に軍艦奉行)木村喜毅以下に米国渡航を命ず
1860.2.4安政7年1月13日随伴艦「咸臨丸」品川を出港
1860.2.7安政7年1月16日三使節は大老井伊直弼の面前で黒印状、下知状を交付され、米国大統領宛ての国書と日米修好通商条約批准書を授与される
徳川家茂からブキャナン大統領宛ての国書 ~奉行豊前守源正興淡路守源範正目付豊後守源忠順等に~と書かれている
徳川家茂からブキャナン大統領宛ての国書
~奉行豊前守源正興淡路守源範正目付豊後守源忠順等に~と書かれている
洋暦邦暦
1860.2.9万延元年1月18日使節一行は築地の軍艦操練所に集合し、品川沖碇泊中の「ポーハタン号」に 乗船し、品川沖を出帆
1860.2.10万延元年1月19日随伴艦「咸臨丸」浦賀を出帆
1860.2.13万延元年1月22日使節一行「ポーハタン号」横浜を出帆
1860.3.5万延元年2月13日使節一行「ポーハタン号」ホノルル港に到着
1860.3.9万延元年2月17日使節、ハワイ国王カメハメハ4世及び王妃エマに謁見する
1860.3.17万延元年2月25日随伴艦「咸臨丸」サンフランシスコ港に到着
1860.3.29万延元年3月8日「ポーハタン号」サンフランシスコ港に到着
1860.4.2万延元年3月12日使節、サンフランシスコ市主催歓迎宴に臨席
1860.4.7万延元年3月17日「ポーハタン号」サンフランシスコを出帆
1860.4.24万延元年閏3月4日「ポーハタン号」パナマ港に到着 蒸気機関車にて大西洋へ
1860.5.8万延元年閏3月18日随伴艦「咸臨丸」サンフランシスコ港を出帆 ハワイに向かう
1860.5.14万延元年閏3月24日使節一行ワシントン海軍造船所に到着、上陸
1860.5.17万延元年閏3月27日使節一行、ホワイトハウスに於いて、ブキャナン大統領に謁見し、 国書を奉呈
1860.5.19万延元年閏3月29日使節一行、ホワイトハウスに於ける大統領主催歓迎会に列席する
1860.5.22万延元年4月2日使節、国務省に赴き、カス国務長官との間に日米修好通商条約批准書の交換を行う
日米修好通商条約批准条約証書
日米修好通商条約批准条約証書
日米修好通商条約批准条約証書
日米修好通商条約批准条約証書
日高家所蔵の銅メダル
日高家所蔵の銅メダル
洋暦邦暦
1860.5.24万延元年4月4日使節、国務長官と貨幣比率のことを談判
使節等 ワシントン海軍造船所を見学、写真撮影
1860.5.25万延元年4月5日使節一行ホワイトハウスに於ける大統領主催晩餐会に臨む
1860.6.5万延元年4月16日大統領、三使節に金メダルを贈る、国務長官より国書の返事を受領 役人以下には銀、銅メダルが贈られる
1860.6.8万延元年4月19日使節一行汽車にてワシントンを出発し、ボルティモアに到着
1860.6.9万延元年4月20日汽車のままフェリーに乗船し、サスケハナ河を渡り、フィラデルフィアに到着
1860.6.14万延元年4月25日新見、小栗、森田、フィラデルフィア造幣局を訪問、日本貨幣の分析実験を見学
1860.6.16万延元年4月27日フィラデルフィアを出発し、ニューヨーク港に到着
1860.6.23万延元年5月5日随伴艦「咸臨丸」浦賀に帰着
1860.6.25万延元年5月7日ニューヨーク市主催日本使節大舞踏会あり
1860.6.30万延元年5月12日使節一行 ナイアガラ号でニューヨーク出帆
1860.8.6万延元年6月20日ポルトガル領コンゴのロアンダ港に到着
1860.8.15万延元年6月29日ロアンダ港出帆
1860.9.30万延元年8月16日バタビア港に至り碇泊
1860.10.22万延元年9月9日香港に到着
1860.11.10万延元年9月28日使節一行築地操練所に上陸
1860.11.11万延元年9月29日使節 将軍家茂に謁し、復命す